この番托井堰(ばんたくいぜき)は、今から約200年以上も前に作られ多くの田畑を潤してきました。


きよみ大橋と番托井堰(ばんたくいぜき)の間は途中まで遊歩道が整備されています。遊歩道が終わった後は、川沿いの道を歩くことになります。交通量は多くありませんが、歩道がないので車に注意しましょう。途中では、清酒工場の古い建物をみることもできます。
 

番托井堰(ばんたくいぜき)の近くに井堰を作るのために活躍した豊田徳作の碑があります。豊田徳作は1713年に大庄屋に生まれました。昔の井堰は木でできていたので、たくさん雨がふるたびに流されたりして、まわりの農家の人たちは困っていました。これを見た徳作は55歳の時に自分のお金を使って石で井堰を作ることを計画しましたが、その時代は一般の人の土木工事が禁止されていたため、許可されず、何度も申請した徳作はついにとらえられてしまいました。しかし、それを聞いた当時の藩主黒田継高が徳作を牢屋(ろうや)から出してやり、工事も始められたそうです。この功績をたたえられて碑が明治13年につくられました。また、豊田徳作のお墓は博多区の西林寺にまつられています。

博多区吉塚一丁目30にある西林寺

 

住吉町・堅粕町・那珂村の協力でたてられた豊田徳作の墓(西林寺)


 


番托井堰(ばんたくいぜき)でせき止められた水は、水門から用水路を通って遠くまで引かれて田畑をうるおしています。ところで、現在では農業以外のことで使うために別の水門からも水がとられています。いったい何のために使われるのでしょう。

工場でいろいろなものを作るときに使うため
水道用水として使うため
大きな公園やゴルフ場などで花や芝への水まきようとして使うため


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