石炭記念館より

石炭記念館の設立。

 1世紀にわたる筑豊石炭産業を、最後まで支えた貝島炭鉱も、昭和51年(1976年)8月ついに波乱多き90年の歴史を終わる。宮田町の経済的市中として果たした役割は大きいがいまやその功罪を問う声も低くはない。新しいエネルギーの開発や、無限の可能性を持つ宮田町民の復興への意欲は、まもなく石炭を、そして貝島という存在を過去の中に風化してしまうであろう・・・・・。今こそ貝島炭鉱とこれに関連あるいろいろな記録を遺しておくことは、現代に生きるものの責務ではなかろうか。

  1. 貝島炭鉱の創業から閉山まで
  2. 特筆すべき私学の記録貝島を支えた労働者の記録。

  これが設立に当たっての柱であり、さらに宮田町内石炭の歴史追跡への拠点としての、役割を果たしたいと思う。

昭和52年5月

石炭記念館

 旧大之浦小学校校舎の跡に昭和52年5月開設され、かつて炭鉱王と云われた貝島太助翁を創始者とした貝島炭鉱の協力を得て、当時の資料を中心に、機材・写真など日本有数と称される文献又・篤志家の揮毫による油絵の大作などが保存されています。


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