炭鉱で働いていたおじさんの話
※色が水色に変わっている字は、リンク先の画像やページがあります。

<炭坑の仕事>
 炭鉱(たんこう)をほる仕事は、地下深くにトンネルを掘りながら進めていきます。 ただ掘るだけでなく、掘ったあと運び出すトンネルがくずれないように、トンネルに木の柱を立てて支えていました。どんどん掘り進むと運び出すのが大変なので、線路を引いて、トロッコを走らせたり、まっすぐに穴を掘ってエレベータみたいに運びあげる建物ができたりしました。
 仕事は3こうたい制で夜に働くこともありました。そうしないと、もくひょうの量を掘り出すことができなかったからです。
<坑内の様子> 
坑内は、真っ暗だったので、むかしはカンテラというランプを持っていきました。それから、ランプ付きのヘルメットへと変わっていきました。
 石炭を掘るところは、地熱でとても暑く、明治時代は、はだかで掘っていたそうです。作業着も流れるあせに、どろや石炭のこなが飛び散って、たちまち真っ黒になりました。仕事が終わっておふろに入って帰りましたが、あっという間に、お湯が真っ黒になってしまいました。
 いったん、坑内に入ると、そこはやみの世界で、ライトだけが頼りです。太陽の光どころか、風も有りません。
 
<ガス爆発(ばくはつ)>
 ときおり、石炭から自然に出てくるガスに、ちょっとした火がついて大爆発になったこともあります。炭鉱に入ることは命がけの仕事だったのです。毎日、入抗前に検査があり、たばこなどは持って入れませんでした。また、どの炭鉱にも神様がまつられ、「今日も無事に仕事ができますように。」と手をあわせてトロッコにのりこみ仕事が終えて帰ってくるときも、1日無事に働いて戻ってこれたことを感謝しました。ここら辺の炭坑では、英彦山神社の神様が坑道の入り口に、まつられていました。
 女の人は、地上まで石炭を運んだり、とれた石炭を水で洗ったりしていました。(女性の抗夫のページへ)かすはボタ山へと運ばれました。子どもも小さい頃から子守や家で使うボタ拾いなどの手伝いをさせられました。


*ボタ・・・・石炭のくず

*トロッコ・・・石炭だけでなく働く人も運んだ。


炭鉱の様子を子どもたちに伝えるために体験談を募集しています。

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